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プロフィール
みかん一座
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みかん一座について

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店長情報

2003年08月24日

24時間テレビのチャリティーコンサート 無事終了♪

24時間テレビのチャリティーコンサート、お客さんもたくさん来て下さって無事終わり、みんなホットした。いつもの会場と違い目の前で多くの人が見ているので緊張のあまり踊りを間違えたメンバーもいたんだよね。でも、ほとばしる汗を感じて感動してくれたはず。募金もたくさんしていただき、感謝一杯のコンサートになりました。さあ、これでみかんの夏の行事は、終わりました。今度は10月5日の、南海放送創立50周年のイベントに向け練習ですぞ。今日と同じコアスタジオでのコンサートです。どんな事をするか、これから座長が考えるらしいけどもうあんまり時間がないよ。難しい事はやめてね。だって学校も始まって、運動会の練習もあるんだもの。学生は覚える事が山積みなの。台本が出来るまでドキドキしちゃうよ〜!
あみ



→本番の様子はコチラ  
Posted by みかん一座 at 23:48Comments(0)

2003年08月23日

「24時間テレビ 愛は地球を救う26」

今夜から、「24時間テレビ 愛は地球を救う26」が始まります。みかん一座は、毎年色んな形で参加してきましたが、今年は久しぶりのチャリティーコンサートを行います。南海放送本社のコアスタジオで、明日24日、午後2時から3時まで、歌って踊って、ちょっぴりお芝居もしてステキな時間を贈りたいと頑張ります。今日は、リハーサル。コンサートは初めてというメンバーは特に緊張気味ですが、普段着のままでいいのです。見に来て下さった方と一緒に楽しみましょう。今年のテーマは「あなたを一番愛する人」です。あなたが考えている以上に、あなたを誰かが愛してくれているかも知れません。そんな誰かに気がつくといいですね。そしたら、あなたも、もっと人を愛せるかも・・。愛にはいろんな形があります。なかなか、見えないものだけど、周りにはたくさんの愛が溢れていますよ。きっと・・。
座長・戒田節子  
Posted by みかん一座 at 22:39Comments(0)

2003年08月12日

松山まつり 「野球拳おどり」の本番

松山まつり、「野球拳おどり」の本番。みんな午後5時半に集合し、タヌキメイクをしたり衣装を整え、松山城ロープエー乗り場の前に8時に着いた。踊りの出発は8時15分の予定。みんな、今か今かとソワソワしながら待っていたんだけど、時間になっても前の連も全然動かない。どうしたのかと思ったら、踊りのルートの大街道で火災が発生し、通行禁止になり一時中断したとの事。それから、待つこと2時間余り。特に小さな子供達は疲れて眠たくなってきた。タヌキの衣装は顔しか出てないからサウナ状態。じっとしてても汗だくだく。手で顔をこするとメイクがとれる。そのたびに、智子さんが子供たちにペンシルでひげをかいたり、鼻の頭を黒くぬったり・・。そうしながら10時過ぎ、やっと出番が来た。千舟町通りだけを踊ったんだけど、あっという間で、みんなちょっと不完全燃焼気味だった。でも、見ている人達が「かわい〜い」とか、「がんばってー!」とか声をかけてくれて嬉しかったな。大変な夜だったけど、みんなよく頑張った。夏の思い出のひとこまになったね。
座長・戒田節子



  
Posted by みかん一座 at 23:47Comments(0)

2003年08月06日

タヌキに変身♪松山まつり〜♪♪

近づいてきました。松山まつり。12日の野球拳に出る「みかん一座」は今てんやわんや状態です。全員タヌキの格好なので、子供たちのお母さんやおばあちゃんたちが、せっせせっせと衣装縫い。踊りもやっと振り付けが完了。他のチームは、ずっと前から練習して完璧なんだろうなあ。うちは、これからが猛特訓。オリジナルの「伊予ダヌキ野球拳踊り」は、きついのよ。ロープエイ街から、大街道、千舟町と踊り通せるか、今から不安。タヌキの衣装に身を包むから、サウナ状態で汗ダクダクだろうなあ。「やせたらいいな。」とブイチ君と智子さん。「倒れたらかついでね。」は、せっちゃん座長。何はともかく頑張るっきゃない。スタミナつけてファイト―!
あみ  
Posted by みかん一座 at 17:22Comments(0)

2003年08月01日

8月1日は「みかん一座」の誕生日!!

今日はみかん一座の誕生日です。1984年、つまり19年前に誕生しました。誕生物語を知っている人はほとんどいません。今日は、その話をしますね。南海放送の戒田節子アナウンサー(せっちゃん)は、当時、深夜のDJ番組で若者たちのお姉さん的存在でした。中・高生・大学生達は、自分の悩み事や夢など、色んな事をせっちゃんに書いて送ってきました。そして、そのリスナー達を集めてふれあいの場を作ったりしていたのですが、ある時、せっちゃんは何を思ったのか、みんなでお芝居をしようと計画したのです。それも、歌や踊りもある芝居。何度かみんなで練習し、テレビスタジオを会場に公演したのであります。その時のみんなのパワーは凄かった!そしてせっちゃんは思ったのです。「無感動・無関心・無神経・無責任の四無主義の若者達なんて世間では言われているけど、みんなの中にはキラキラ輝く情熱がいっぱい詰まってる。このキラキラをもっと集めて、爆発させる場所を作ってみよう・・。」そして、市民会館でミュージカルをしよう!と決めたのです。でも、その当時、ミュージカルなんてほとんど誰も知らなかった。どうするの???とにかく台本を書かないと・・。というわけで、せっちゃんは、親友のエメ(今は東京に住んでます)と二人で頭を悩ませていました。ある日、エメのマンションでケーキを食べながらあれこれ話している時、エメが聞きました。「せっちゃんの夢ってなーに?」すると、せっちゃんは、フォークを手につま先立ちになって、「青い大きな空に絵を描く事・・!」と叫んだのです。(あら、まあ・・)そこで、旗揚げ公演の台本が決まりました。「空に絵を描くという夢をもつ少女の話・・。」少女の名前はアミ。(その頃せっちゃんが乗ってた車の名前です。)タイトルは「サンシャイン・アイズ」(友人であるシンガーソングライターの宇佐元恭一君の歌のタイトル。この歌はテーマソングになりました。)と・・形がどんどん出来ていきました。中心スタッフも、固まり、さてメンバー集め・・。ラジオで呼びかけ、口コミで広げ、「この指とまれ!」で集まった若者が、約50人。みんなが初めて顔合わせしたのが19年前のこの日だったのです。その日、せっちゃんは、出来上がったばかりの台本片手に、全ての役を演じる事、1時間半。みんなはその間、口をポカンと開けて、まばたきするのも忘れるくらいびっくりして見ていました。だって凄い熱演だったから・・。そして、楽しくも苦しい稽古が始まったのであります。でも、この時はまだ、この集団には名前がついていませんでした。後日、みんなであれこれと出し合い、なかなか決まらなかったのですが、発表の日・・メンバー一同が緊張の中で耳にしたのは・・「名前は、みかん一座!」という座長の高らかな声。そこでみんなは、ダーとこけました。「かっちょわるーい」「ださーい」「カタカナの名前の方がええ」「一座なんて変!」などなど、非難ごうごうの中、まだ26歳の若かったせっちゃん座長は顔を真っ赤にして「これが私たちに一番似合うと思うんよ。私みかんが大好きだし・・。」と泣きそうな顔で訴える姿にみんなはうなづくしかなかったのでした。こうして「みかん一座」が誕生したのです。この後も、聞くも涙、語るも涙の物語が続くのですが、それはまたいつかの機会に・・。御静聴、ありがとうございました。
あみ


  
Posted by みかん一座 at 16:43Comments(0)